大茶会  

開府500年をテーマに催された五流派によるお茶会◇       11月2日(土) (於:甲府総合市民会館)
南松院と石庭 大聖寺の蓮池 神明社のご神木枝 下山領清沢の茶畑
武田家より大聖寺に寄進された茶器 大聖寺の傍の資料館には武田家から寄進された茶入と茶碗が所蔵されている。信玄が川中島で 
謙信の刃を軍配で受けたとされる戦で命拾いをしたのも祈祷加護のお陰とお礼の書状も寺にのこる
穴山梅雪ばいせつ:母は信玄姉南松院、正妻は信玄娘の見性院で甲斐武田家の親族筆頭。最後は徳川家康と共に千利休、今井宗久に茶のもてなしを   
受けて帰り本能寺の変によって、その帰路で生涯を閉じた。梅雪斎とも号し武田家にあっては三条夫人や見性院の影響で文人・茶人としても知られる。
   お茶が甲斐へ最初に伝わった地とされ、茶園が下山と甲州向嶽寺にあったとの記述もある。見識を求め信玄は明へ二度渡った策彦周良
さくげんしゅうりょう  
を恵林寺に迎えた。 南松院は策彦老師に頼み法号を授かったといわれ、梅雪亡き後も水戸徳川との縁も深くその影響なのか甲斐は幕府直轄地となる
南松院庭の石亀は南松陰の輿入に運んだもので庭は夢想国師作と伝わる。
                                                  
主・客・心を繋ぐ三つ寄せ松葉 南松院石庭と茶園を模した見附け 300年樹齢木枝の床柱に地元出身版画家深澤幸雄
名残りの時期 窶やつれ風炉と手作りの五色結界 【一座建立】
菓子「山つづら」を召し上がっていただく 尋ねられて説明をする席主と控える半東
薄茶器は蓋裏に躑躅が崎つつじがさき蒔絵 大聖寺へ武田家より寄進された美濃焼き黒茶碗(桃山〜江戸期期)  
似寄りを主茶碗、替えは勇壮な騎馬赤備えにならい赤茶碗
(五代道年・他)副え茶碗對一説廬山」(八事窯初代道年)でした。  
身延下山と鰍沢八幡町に席主の実家があることから、縁を訪ね甲斐源氏新羅三郎義光まで
遡り茶の湯を通じて壮大な歴史ロマン、設えや陣幕の見立てに野趣を感じてもらいながら、
悠久の時に一服の茶で想いを馳せたひと時でした。
                        

八幡神社の神様
誉田別命(ほんだわけのみこと)・大国主命(おおくにぬしのみこと)・天鈿女命(あまのうずめのみこと)   
豊受姫命(とようけひめのみこと)・菊理姫命(くくりひめのみこと)・天磐戸別命(あまのいわとわけのみこと)


武田家守護の武田八幡との縁もあった鰍沢八幡神社は、舟運で栄えた甲斐玄関口の歴史を感じる 
拝殿の横には渡りでつなぐ神楽殿があり、奥の石段を上がると荘厳な本殿が町を見渡す様に佇む  
また、少し南に行くと信玄の妹祢々と諏訪頼重との間に生まれた「虎王丸」の小さな五輪塔がある。 
覇権による危害が及ぶのを恐れ、河内下山の姉南松院に託そうとしたが途中で殺害されてしまい  
哀れに思った村人が手厚く弔ったと伝わるのが箱原本能寺 裏手にある。                 
表千家 緑が丘茶道教室


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